世界は箱庭の中にある木だ。

「ハアッ、ハア……駄目だ、もうこれ以上――」

 箱庭にはいくつも木があり、その一本一本すべてが世界だ。
 そう、その木――世界にいる人間、だけではなく人間とは異なる生物をも観察している。
 時々わかれる可能性の世界――枝を切り捨て成長させる。それがこの箱庭に住まうものの役目。
 箱庭に住まうものは人間ではない。

「やだやだやだ……! もうこんなことしたくないよ……っ!」

 もちろん、悪魔などでも天使でもない。彼らもまた、監視される対象だ。魔界、天界……それらも全てこの箱庭にある。
 では神か? いいや、違う。

「さて、任務放棄とみなしてあなたを始末します」
「嫌だ! 死にたくない死にたくない……死にたくない!」

 箱庭を監視するためだけに造られた生き物、観人(みびと)。
 人間のような姿で人間と同じような行動をする。だが『心』が欠けている。
 しかし、稀に観察対象に触発され心をもってしまう不都合が起きる。

「死にたくない――完全に心ができてしまってるようですね。あなた人間みたいですよ」
「それでもいい……もうこんなことはしたくな――」

 観察対象を記録するためだけの存在が余計なものを持ち合わせてはいけない。
 個性はある。それなりに感情はあるが所詮擬似だ。それでも、心だけは駄目なのだ。
 心は何もかも狂わせる。





 赤い血、まるで人間のような血を流す屍を見て彼とも彼女とも取れる人物は握り締めた刀を見てすぅっと刀を消した。
 長い黒髪に鋭い目付き。瞳は髪と合わせるように黒。体の凹凸はほとんどないがほっそりとしている。
 すると、後ろからパチパチとやる気のなさそうな拍手が聞こえてくる。
「お疲れさん。相変わらず見事な手さばきで」
 少し軽薄そうな赤い髪の男――にしか見えないので男とする――が黒髪の人物に近づく。
「女体にも関わらずよーやるよ、お前。男体の俺の立場は?」
「必要ない。私たちは異端排除と観察だけをすればいい」
 全てを凍てつかせるような言葉。しかし男はひるまない。
 黒髪の人物は屍を片手で引きずり進む。体から溢れる血がそのひきずった痕を残す。
 男はそれを見てはぁとわざとらしい声をだした。
「おいおい、それじゃあ汚れまくるだろ。そもそも死体ひきずったら汚いじゃんか」
「どうせ、清掃班がなんとかするだろう」
 そのまま屍を引きずろうとするのを男は止め自分の方にかつぎ上げた。
 黒髪の人物はむっとした表情を見せ男を睨む。
「私の仕事だコルデム。任務妨害とみなしますよ」
「これは手助けだろ。頭堅すぎるぞ……ルクール」
 ルクールは睨むのをやめコルデムの後ろを追いかけた。
 彼らもまた、観人。

 世界の監視者。



――――――――




「ルクール、お前今どんな世界を見てるんだ」
「巨大な魔物が人間を捕食する世界。大半の世界とは逆だな」
「へー、俺は魔法戦争してる人間共の世界。馬鹿だよなー、戦争するとか」
 公園、と呼ばれる区域で二人はベンチに座って昼飯を食べていた。食事は必要事項ではないのだが娯楽としては可能範囲だ。
 そこで二人は観察している世界について語り合う。いつしか習慣になっていた。
「まあ俺のとこはそのうち枯れるだろ。ずっと枯れない世界とかあるのかね」
「現在最も長寿とされる世界は人間、亜人、動物、魔物、これらを含む全ての生き物がバランス良く配置されなおかつ環境条件も標準以上の世界――『ヘーデル』。これより古い世界は枯れてしまった」
「よくもまあペラペラすぐに言えるな。でもあれだろ、そのヘーデルってやつ大きな呪いがかかってるんだろ」
「呪い、それに幹が大きくわかれてしまっている。枝でしかなかったはずなのに切り捨てることもできなくなってしまった。しかし未だ生きている」
 二人はまだ観人として生まれたばかりであり知識はあるが記憶は少ない。
 そのため互いにこうやって会話をすることで記憶を増やしているのだ。
「あと……ヘーデルの呪いがほかの世界にも飛び散った。そのせいでいくつかの世界で異変が起きてしまった」
「呪い……か。世界が病気になったようなもんだったけか」
「人間風に言うとそう。私たち観人でも対処できなかったらしい。そのまま静観しろと言われたらし――」
「ルクールっ! ついでにコルデムもー」
 ルクールの首に飛びつく少女のような人物。茶色い髪を二つに結っており小動物のようにすりすりと頬ずりをしている。
「リフルか、久しぶりだな」
「うんっ、久しぶりー。ちょっとね、無駄な世界の伐採作業してたらかなり時間過ぎてて」
「そういえばお前の観察していた世界は『伐採』されることになったんだな。次の世界は決めているのか」
 『伐採』とはここでは木――世界を切ることである。要らないとされた世界は切り捨てられ存在しなかったことになる。伐採する前に世界にいる生き物をどうにかしないといけないため災害を起こすなり戦争を誘発させるなどして破滅に追い込まねばならない。
「うーんとね、二人も知ってるとおりヘーデルってあるでしょ? あそこの観察してたやつが心をもっちゃったから人手が大幅に足りなくなって私もそこに誘われたんだけど……」
 ちなみにその心を持ったやつを始末したのはルクールである。名前も知らない異端者。彼女は、彼女たちはこう思っている。
 ――面倒なやつだ。仕事が増える。
 それは本音であり嘘偽りない真実だ。
 異端排除する手間、後釜を据える手続き。これら全て彼が心など持たなければ発生するはずのない手間だ。
「知り合いもなしでヘーデル観察はやだなぁって。あそこ大きいし、二人がいたら嬉しいなーって」
「えー、リフル、俺は誘ってくれないのか?」
 突如リフルの後ろから現れた男。銀髪をゆるく結んでいる男は馴れ馴れしくリフルの肩を抱く。
「四人でヘーデル観察……いいねぇ! あそこ見てみたかったし」
「えー、オーデ誘ってない~。でも別にいっか。二人はどう?」
 リフルの期待の眼差しにルクールは根負けしたのかしぶしぶ頷いた。
 コルデムもへいへいといい加減に頷き了承する。
 四人はその後も他愛の無い雑談を繰り返し仕事へと向かった。



――――――――


 数日後――四人はヘーデルのエリアにやってきていた。
 神々しい光が溢れ出ているのがわかる。
「すげー、これが最長寿の……」
「無駄口を叩かな――」
「すごいすごいー!今までの世界に比べてキラキラしてる!」
「マジすっげええええ!! こんなすごいとは思わなかったぜ!」
「…………」
 約二名が異常なまでに騒がしかったが叱られることなくエリアへ入る。
 途中からまるで幹が二つに割れたような大樹。
 大勢の観人が観察をしており大樹は時折呼吸をするようにざわめく。
「さーて、さっそく観察しよーよ!」
「待ちなさいリフ――」
 その時、ルクールはリフルを止めようと手を伸ばし、落ちてきた木ノ葉に触れた。そして、視界が暗転した。


「……世界の断片」
 世界で起きているできごとをランダムで観ることができる木ノ葉。それにうっかり触れてしまったのだ。
「まあいいわ。どんな世界かわかるし――」
 暗転した世界から一変、青空の広がる晴れ渡った世界になった。
 賑やかな街。人混みであふれかえっている。市場は活気づいており発展している世界なのだと理解した。
 断片は記憶でもあるため干渉はできない、すり抜けてしまう。誰の目にもとまらないこの状態。早く終われとルクールは思った。
「機械などはあまりない世界なのね。まああんなのが溢れかえっていると世界がすぐ枯れるものね」
 少しだけ感心したように頷き辺りを見回す。
 すると六人組の集団が目に止まった。
「あっ、あそこの屋台、美味しそうなの売ってる!」
「お前ガキじゃないんだからはしゃぐなって」
「私もたべたーい」
「私も!」
「じゃあ僕も」
「俺も俺もー」
 みな口々に言いつのり駆け寄る。いわゆる微笑ましい一コマというやつだ。
「おいしー。旅の醍醐味よね、各地の名産食べ歩き」
「太るぞー。一番年上なのにぶよぶよとか……! やべっ、想像したら面白い……!」
 少年が笑いをこらえていると馬鹿にされた少女が片手に食べ物を握りながらぽかぽかと少年を殴る。
 それを見て笑っている四人。全員笑顔で楽しそうだった。
 そして、世界が再び暗闇に変わった。



 ルクールが目を開けるとヘーデルの大樹。世界の断片が終わったのだ。
「ルクール?」
 リフルがルクールの顔を覗き込む。断片を見ているときは少しだけ動きが止まる。リフルはルクールが世界の断片を見ているのを悟ったはずだ。
「どうだった? どんな世界?」
 オーデが興味津々というような顔で問い詰める。ルクールは困った。これといってすごい部分を見れたわけではないのだから。
 そんなルクールを見てコルデムは眉をひそめた。しかし、ルクールはそれに気づくことはなかった。











――――――――







観人記録帳

ヘーデル観察

 0年、現時点では呼称未定なため0年とする。最近、世界が増えた。人間と亜人、動物、魔物、精霊、すべてがバランス良く配置された世界だ。

 50年、今のところ生まれたばかりで何とも言えない。枝分かれもほとんどしていないため観察していてもつまらない。何か大きな出来事は起きないのか。

 200年、人間が力を付け始めた。どの世界でも人間が強くなることが多いが最終的には最弱だ。知能を持つ故に愚かで弱い。


 500年、やはり人間同士の争いが始まった。わかりきってはいたがどうしてこうも争うことでしか生きられないのだろうか。国と国、人間と人間、互いに潰しあっているさまは本当に滑稽だ。

 700年、とある国で事件が発生。なんとなく面白いことが起きそうなので細かい観察をすることに

 702年、彼らが【アレ】を手に入れてしまった。【アレ】は人の手に負えるものではないのに。

 703年、想像していた通り彼らは自滅した。しかし予想外の出来事が発生した。枝分かれどころではない、大きな世界の分裂が起きた。根本は変わらないが枝とは呼べぬ世界線。全ての元凶は【アレ】だ。【アレ】は彼らがほとんど死に絶えると世界すらをも越え散ってしまった。

 710年、【アレ】は呪いとしてこの世界に定着した。しかしほかの世界にすら影響してしまい突然変異としてほかの世界でも大変なことになったらしい。

 720年、【アレ】のせいでできた大枝の世界は魔界と化し悪魔が住み着くようになった。このままでは本当にこの世界は食いつぶされかねない

 800年、呪いは全てを失わせる。どうして本当に人間はこうも愚かなのだろう







――――――――


 ヘーデルはゆっくりと蝕まれている。
 呪いによって日々削れていく世界。
 哀れで愚かな人間が犯した罪によって深く根付いた呪い。
「――でもなぜ放置するの?」
 誰へというわけでもなく口にした独り言はヘーデル観察記録を読んでいて洩れた疑問だ。
 かつての観察記録などが置いてある書庫があることは知っていたがルクールが利用したのは初めてだ。
 他の世界へと影響を与えるくらい強い呪いならば即刻排除しなければいけないはず。
 それこそ世界ごと消し去ってでも。
 未だに世界は呪いが消える兆しを見せない。もしかしたら世界が自然に滅びるまで消えないのではないか。そう思うほど根強いのだ。
「これ以上は無駄、かな」
 たかが観人ごときがこれ以上考えても無意味だ。けれど前に見た少女の叫びが頭の中でリフレインする。

『嫌い、大嫌い……こんなせかいなんて大嫌い!!』

 心の底からの世界へ向けた怒りと絶望。心がないルクールにさえ響いてしまうほどに。
 しかし、それだけだ。それだけのことなのにこんなにもこのヘーデルについて興味を持ってしまうのか。
 そう思って観察記録を棚に戻していると一冊の本が目に留まった。
 つい最近誰かが手を付けた形跡がある。しかしこの観察記録を読む者などいるのだろうか。
 パラパラとめくっていると一枚の木ノ葉が挟まっていることに気づく。
 ――世界の断片。
 好奇心からかなんなのかわからない。ルクールはもはや自分の意志と関係なしにそれに触れていた。


 暗闇から世界へと切り替わる。ルクールの目の前に広がったのは荒野だった。
 人間なんてもういない――いや、生き物なんていないと錯覚するほどの荒れ果てた大地。
 その大地にただ一人惨めにも這いずる人影があった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……どうか、どうか……」
 泣き腫らしたように目を赤くしている少年。体はボロボロで立っているのもやっとだろう。
「終わらせちゃ駄目だ……お願いです……この世界を、みんなの想いを繋げて――」
『それが望みなら繋いでみせよう。ただ、永遠のような刻を孤独に過ごすことになるぞ?』
 少年に語りかけるような声がその場に響く。しかし、姿はない。

「それでもいい!! この世界は『在り続けなきゃいけない』んだ!! 全ての罪は僕が背負う。みんなの、未来への希望のためにも! たとえそれがどんなに身勝手だろうとも!!」
 
 少年の叫びとともに世界は暗転した。


 ルクールが目を開くと当たり前だが書庫に立っていた。
 しかし、昔とは確実に違う点があった。
 頬を伝う、涙。それははっきりとわかるほどに。
「ああ、そうか……『そういうことだったのか』。なるほど」
 涙を止めようともせず自嘲気味にルクールは微笑んだ。

「私は心を持ってしまったのか。それもそうか。こんな真実を知ったら『そうなっても』仕方ないだろうな」




 書庫から出ると待ち構えていた者がいた。
 リフルと、オーデだ。
「ルクール。私、ルクールのこと嫌いじゃなかったんだよ」
 リフルはそう言って片手で扱える剣をルクールに突きつけた。

「どうして心を持ってしまったの?」

 悲しそうな、しかし実際は何とも思っていない瞳がルクールに突き刺さる。
「噂通りなんだな。心を持ったやつはどこか違う部分があるって。一瞬でわかったよ」
「でもルクールはなんとなく危ない感じしたよね。上から動向に気をつけろとは言われてたけど――本当に心を持つなんて」
 二人の非難するような声が一つ一つ刃のようにルクールに突き刺さった。
 昔の自分なら二人と同じことを思っただろう。けれど心を持った今ならわかる。間違いなんかじゃないという真実が。
「じゃあな、ルクール」
 オーデの手には斧。高く掲げられた斧は今にもルクールの首を落とそうと迫る。
「リフル、オーデ。ごめんなさい。でもね――」
 キィンと金属同士がぶつかる音、斧を弾き返したのはルクールの手に握られている刀。
 無理な扱いをしたせいか刀はぽっきりといとも簡単に折れてしまった。

「ちょっとだけ足掻いてみたいの」

 逃げ切る自信などない。この箱庭から出ることはできない。それでも――
「心を持ったばかりで死んだらもったいないじゃない」
 祈るように、心の底からでた願い。



『心持ちが逃走中。見つけ次第始末せよ』
 追っ手は絶えない。私はただ逃げるしか出来なかった。
 心なんて持つはずないと思ってたのに、それなのに、不思議と嫌ではない。
 薄暗い、死角になるような場所に逃げ込む。これで少しは時間が稼げるだろう。
 その場にしゃがみこみふぅっと息を吐く。
 すぐに追ってはくる。リフルかオーデか、もしかしたらコルデムかもしれない。
 それでも不思議とコルデムになら殺されてもいい気がしてきた。なんだかんだで一番長い時間を共有してたのは彼だから。
 心を持ったこの状態で一緒にいたい。それは過ぎた願いだろう。それでも――

「そこまでだルクール」

 願わずに入られなかった。








 無慈悲なまでに冷たい目をしたコルデムが銃と呼ばれる武器をルクールに向ける。
 武器もないルクールにもはや反撃の余地はない。
「お前が心を持つなんてな。残念だ」
「……心を持ってしまったことは後悔していない。それに、あなたに殺されるのも悪くない」
 降参を示すように手を広げる。コルデムはゆっくりと近づいた。
 一歩、一歩、ルクールの目の前で立ち止まり銃口を突きつける。
「本当に心を持ったんだな。以前のお前ならそんなこと言わねーのに」
「おかしくなった……のかもしれません。それでも、真実を知って観人して生きていることに耐えられないの」
「そうか……」
 コルデムは銃を強く握る。引き金にかかる指が動き、そして――

 ルクールの後ろの壁を撃った。

「どう、して……」
 ルクールは驚き目を見開く。そしてそのままコルデムに抱きしめられていた。
 互いに表情は見えない。それでもどこか安心していた。
「ばーか。お前、気付かなかったのか? 俺が『心持ち』だって。かなり前から」
 いとも簡単に告げられる衝撃の事実にルクールは狼狽するしかできない。
 ――コルデムが心持ち? そんな、ありえない。
 ついさっき、心を持ってしまったルクールはすぐにばれてしまった。コルデムはそれよりずっと長い間心を持ちながら始末されなかったというのだ。
 そんなこと、信じられない。
「お前みたいなやつはさ、心を持った途端変わりやすいからばれるんだよ。ホント馬鹿だな……」
 抱きしめる力が強まる。何かを堪えるような切なさがルクールに伝わってきた。
 ――ああ、本当にコルデムも心を持っているんだ。
 これだけのことなのにわかってしまう。同じもの同士感じる何かがあるのかもしれない。
「いつ、から……?」
「かなり、ずっと前。気づかれないように細心の注意を払ってがんばってたんだよ。お前も、オーデも、リフルも気付かなかっただろ」
 優しく頭を撫でる動作に安心してしまう。今、きっと幸せを感じてるんだろうと実感した。
「ばらすつもりもなかったし隠し通せるだけ隠し通そうと思ってたんだけどな。お前がこんなわかりやすくばれるんだもん。こりゃあ仕方ねーなって」
「……私は――」
「あー大丈夫大丈夫。一人で死なせる気もお前だけ助ける気もないから」
 まるで不安な心を読んだようなコルデムの言葉に少しだけほっとしたが逆に戸惑った。
 ここからは出られない。観人である限りここからは出ることができない。
「んー、まあそう悲観するなって」
 そう言って手渡されたものを見てルクールは一瞬だけ目を見開き納得したように苦笑した。
「心を持って少しは可愛くなったお前ともう少し一緒に過ごしたかったけどな。もう無理みたいだ」
 追手はもうそこまで迫っている。二人はもう決めていた。
 抱き合うような形で互いにあるものを頭に当てた。
「もしも、転生とかできたら――」
「その時は普通に出会って、普通に恋しようぜ」

『さようなら』

 二つの乾いた銃声が同時に響き哀れな観人がまた二人消えた。
 まるで愛し合うように抱き合いながら。








「オーデ、見つけたよー」
「お、マジ? って死体じゃん」
 二人の死体を見つけたオーデとリフルはまるで汚いものを見るように顔を歪めた。
「うわー……頭打ち抜いて即死……ぐろーい」
「とりあえず処理しないとなー。二つだと重いからどっちか持って」
「えーやだー! 重いし汚いしー」
 二人を引き剥がしずるずると引きずるように運び始める。時々体のどこかが引っかかって運ぶのに苦労している。
「これ処理したらいつも通りの仕事だよね? めんどーい」
「まったくだよなー。こんなくだらない仕事増やすのは勘弁して欲しいぜー」
 呑気に言葉を交わす二人にはかつての仲間の惨状をまるで当たり前のように受け止めている。
 心のない、観人そのものだった。






「それでも――」







――――――――










 とある世界のとある大陸のとある国のとある街。



 これが運命というならば、俺は呆れずにはいられない。
 アホというか馬鹿馬鹿しすぎる。思わずため息が出るほどに。
「――スパティウム様。何ぼーっとしてるのですか」
 ため息の原因その一がまるで蔑むような目付きで睨んでくる。仕事しろ、と暗に訴えているのだ。
「睨むな。大丈夫だっつーの。あ、これ頼んでいいか?」
 机の端に寄せておいた書類を渡そうとすると当たり前のように無視される。そいつはそのまま執務室から無言で立ち去ろうとし俺を一瞬だけ睨んで言った。
「お昼食べてきます。サボタージュは許しません」
 礼儀正しく扉を閉め徐々に遠ざかっていく気配と足音が完全に消えてから再び深いため息をついた。
 と、同時に後ろの窓あたりから覚えのある気配がした。
「あーあ、マジでお前んとこのやつと俺の部下アレなわけ? ないわーマジないわー」
「失せろよ、というかなんでいるんだテンプス」
 不法侵入をした馬鹿――時の管理者テンプスを睨みつけると対抗すると言わんばかりに睨み返される。
「お前のトコのヘマがなぜかコッチに回ってきたんだよ。ふざけんな。つーわけで書類」
「……トップの人間が何してんだ」
「しゃーねぇじゃん。うちの部下昼飯食いに行ったし邪魔するのも気が引けるし」
「俺はじゃんじゃん邪魔してるけどな。転生とかアホらしすぎてみてられない」
「それは空間の管理者としてだろー。普通の人間としては応援してやるべきじゃね」
 悪趣味な笑い方をしているテンプスを見て殴りたい衝動に駆られたがとりあえずここで殺りあったらあいつに怒られるので自重しておく。
 普通の人間としても、応援する気には正直ならない。なぜなら――
「所詮何も変わらないだろ。転生前と」



 長い黒髪に鋭い目付き。瞳は髪と合わせるように黒。体の凹凸はほとんどないがほっそりとしている。
 そんな彼女は街のシンボルにもなっている噴水へと向かっていた。
 すると噴水の近くのベンチに腰掛けているある人物を見つけまっすぐそこへ向かう。
  少し軽薄そうな赤い髪の男がサンドイッチを片手に頬張りながらまるで誰かを待つようにしている。
 彼女はその男の隣に控えめに腰掛け何も言わずにオニギリを口にした。
 しばらく互いに無言。険悪というわけでもないが親密とも言い難い微妙な距離感。
 やがてサンドイッチを一つ消費した男が何気なく言葉を発した。
「――そっち、最近忙しいんじゃないのか?」
「さあ。私にはわからないな。自分のするべきことしかしていないから」
 素っ気ない返事をすると男は少しだけ笑った。
「まあこの昼飯時間に来れるなら余裕あるほうなんだろうけど。にしても頭堅いぞ――ルクール」
「何度も言わせるな。私は好き好んでこのくだらない昼食時間に時間を割いてるんだ。そんなこともわからないのか――コルデム」

 昼食を二人揃ってほとんど食べ終わるとルクールは用意してあったお茶を、コルデムはジュースを飲み始める。
 再び互いに無言。しかしコルデムがルクールの顔をじーっと胡乱げな目で見るとルクールも同じような目付きで返した。
「何です」
「いや……前々から思ってたんだけどさ。俺たちってどういう関係なわけ? 正直半年くらい顔合わせ続けてるのに未だにわかんないんだけど」
 するとルクールは少し困ったように顔を背けた。しかし、それは一瞬でコルデムと目を合わせないように再び
お茶を啜り始めた。そして、呆れたような口ぶりで答えた。
「さあ。私にもわからないよ。ただ、なんとなく初対面のときから」
「気が合う気がした?」
「いや――陳腐かもしれないけど『まるでどこかで会ったことがあるみたいだ』なって」
「なんだそれ。三流ナンパ師かよ。でもまあ――」
 何かを思い出すように空を仰いだコルデムにつられたようにルクールも空を見上げた。

『それも悪くないんじゃないかな』

 声を揃え全く同じことを口にすると二人はあまりのくだらなさに声を上げて笑った。
 心の底から、可笑しそうに。





『普通に出会って、普通に恋しようぜ』

 ――願わくば、


 ――今度こそ、


 ――幸せになれますように。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。